沖縄の獣医臨床現場で活かす麻酔管理|獣医師が押さえるべき管理ポイント

2025.07.18

沖縄には、獣医療に特化した大学病院や二次診療施設が存在しておらず、専門医への紹介が困難な状況にあります。
さらに、離島においては本島以上に医療体制が制限されており、動物の搬送にも大きな制約が伴います。

このような背景から、獣医師は限られた医療資源の中で、できる限り高い安全性を確保することが重要です。加えて、地域の飼い主様との信頼関係を日頃から築いておくことは、治療に対する理解を深めるうえで重要であり、診療時のトラブルを未然に防ぐためにも不可欠です。

今回は、「麻酔」に焦点を当て、沖縄の気候特性や地域事情を踏まえたうえで、獣医師が押さえておくべき麻酔管理のポイントを解説します。

■目次
1.沖縄でよく遭遇する麻酔ハイリスク症例
2.医療資源が限られた環境で実践する麻酔安全管理の工夫
3.飼い主との信頼構築が鍵|術前説明と術後フォローのポイント
4.沖縄の獣医師に求められる継続学習と情報アップデート術
5.まとめ|限られた環境でも安全な麻酔を行うためにできること

 

沖縄でよく遭遇する麻酔ハイリスク症例

年間を通じて温暖な気候にある沖縄では、地域特有の疾患や飼育環境の影響により、麻酔リスクが高くなる症例に直面する機会が少なくありません。
ここでは、沖縄の動物医療現場で特に注意を要する代表的な症例について、麻酔に関連するリスクと管理上のポイントを整理します。

 

<フィラリア感染症>
沖縄は年間を通じて蚊が活動しているため、犬糸状虫(フィラリア)症の発生率が高い地域です。
この疾患は右心系や肺動脈系に寄生虫が影響を及ぼし、心肺機能の低下を招くことから、全身麻酔時の循環・呼吸管理が不安定になりやすく、麻酔リスクが高まります
術前には心機能評価を十分に行い、酸素化や循環動態の管理に細心の注意を払う必要があるでしょう。

 

<外部寄生虫感染(バベシア症・SFTS など)>
沖縄ではノミやマダニの発生が多く、特にマダニが媒介する「犬バベシア症」や「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)」が確認されています。
これらの疾患では、貧血や血小板減少などの血液異常が見られることがあり、全身麻酔中の循環動態が不安定になるリスクがあります。
特に貧血が進行している場合には、麻酔薬の血中濃度が予測しにくくなるほか、術中に低酸素状態や臓器灌流不全を引き起こし、重篤な合併症に至る可能性があるため注意が必要です。

 

<交通外傷>
地域によっては放し飼いの習慣が残っており、交通事故による外傷で搬送される動物も少なくありません。
外傷の外観が軽度に見える場合でも、実際には胸腔内出血や腹腔内臓器損傷など、重篤な内部損傷を伴っているケースが多く見受けられます。
術前評価を怠ると、ショック状態での麻酔導入につながるリスクがあるため、特に出血性ショックや緊張性気胸の可能性を見落とさないよう、画像検査や血液検査を含めた全身状態の確認が重要です。

 

<高齢動物>
高齢の犬や猫では、加齢に伴う心機能、腎機能、肝機能の低下に加え、糖尿病や内分泌疾患などの基礎疾患を有するケースもあります。
そのため、麻酔薬の代謝遅延や薬物感受性の亢進により、術中・術後の合併症リスクが高まります。
また、回復期においても呼吸や循環動態の変化に注意が必要であり、術前から術後までを見据えた綿密な麻酔計画とモニタリング体制の構築が重要です。

 

医療資源が限られた環境で実践する麻酔安全管理の工夫

沖縄の動物病院では、他県と同様に基本的なモニタリング機器を使用し、心拍数や呼吸数、吸入酸素濃度などの生理的指標を監視しながら麻酔管理を行います。
加えて、可視粘膜の色や筋緊張といった身体的所見についても、視診・触診による感覚的な確認を併用し、安全性の確保に努めることが一般的です。

使用する麻酔薬は病院や症例により異なるものの、必要に応じて鎮静薬や鎮痛薬を前投与し、静脈麻酔薬で導入した後、吸入麻酔薬で維持する方法が多く用いられています。
薬剤の選択や用量は、動物の状態や病歴、予想される手術時間などを踏まえて、柔軟に判断することが重要です。

また、アナフィラキシーなどの急変時に備え、救急薬品を常に取り出しやすい場所にセットし、在庫や使用期限の管理を日常的に行うことが重要です。

さらに、台風の時期には停電が発生する可能性があるため、無停電電源装置(UPS)や自家発電装置を備えておくことで、手術中の電源確保に対する備えとなり、安心して麻酔管理を行うことができるでしょう。

 

飼い主との信頼構築が鍵|術前説明と術後フォローのポイント

術前から適切なコミュニケーションを図り、飼い主様との信頼関係を築くことは、手術に関するトラブルを未然に防ぐうえで非常に重要です。

まず、十分な術前検査を実施しても、麻酔リスクを完全にゼロにすることはできません。そのため、手術前には麻酔による偶発的なリスクや起こりうる合併症について丁寧に説明し、飼い主様からインフォームドコンセントを得ることが不可欠です。

また、術後には一時的に元気や食欲が低下するケースが多く見られます。したがって、退院後は飼い主様にも健康観察の重要性をご理解いただき、回復の経過を見守っていただくことが大切です。
一般的には術後3〜4日ほどで徐々に回復していくことが多いため、それを目安にご説明しつつ、以下のような場合には速やかにかかりつけ医へ相談するように指導しましょう。

・3〜4日経過しても回復傾向が見られない
・明らかにぐったりしている
・傷口からの出血や腫れがひどい

また、夜間の救急対応を行っていない動物病院であれば、基本的には日中の時間帯に連絡・来院するように促すとともに、夜間救急の連絡先を事前に共有しておくことで、万が一の対応がしやすくなります。

 

沖縄の獣医師に求められる継続学習と情報アップデート術

地域に根ざした獣医師として成長していくためには、日々の症例経験を重ねるだけでなく、自発的な学習と継続的なスキルアップ、知識の更新が重要となります。
特に麻酔管理は、安全性や合併症予防の観点から、継続的な知識のアップデートが欠かせない分野です。

もっとも、県外の学会やセミナーに頻繁に参加するのは、物理的・経済的に負担が大きく、簡単なことではありません。
しかし近年では、オンラインによる学習機会が充実してきており、たとえ離島で勤務していても、最新の知見に触れる環境が整いつつあります
時間や距離の制約を受けにくいこうしたツールを積極的に活用することで、継続的な学びが可能になるでしょう。

また、沖縄特有の症例や地域事情については、県内の獣医師間での情報共有やネットワークの活用が有効です。一方で、専門的な知識や最新医療の動向に関しては、県外の専門医と定期的にコンタクトをとり、視野を広げることも大切です。
こうした内外のつながりを意識的に築いておくことで、限られた環境の中でもより質の高い獣医療の提供が目指せます。

 

まとめ|限られた環境でも安全な麻酔を行うためにできること

沖縄は医療資源が限られているからこそ、日々の診療において基本を徹底する姿勢が何より重要です。
特に麻酔に関連するトラブルは、命に直結する重大なリスクとなり得るため、確実な麻酔管理と適切な術前・術後対応が重要です。

また、飼い主様との信頼関係を日頃から丁寧に築いておくことは、万が一の際にも冷静かつ柔軟に対応するための重要な土台となります。
継続的な学びを通じてスキルと知識を高めていくことで、地域獣医療の質の向上につなげていきましょう。

 

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